大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和29年(ヌ)9号 決定 1955年12月21日

抗告人 西中力蔵

右代理人 高崎訓治

主文

原決定を取消す

本件を広島地方裁判所尾道支部に差戻す

理由

本件抗告理由の要旨は抗告人は昭和三十年六月三十日の競売期日において最高価競買人となり同年七月二日広島地方裁判所尾道支部で競落許可決定がなされ競落人となつたが同年八月三日同裁判所は債務の支払猶予の話合がついたことを理由に前記決定を更正し、該競落不許の決定をなした。抗告人は左記理由により右決定の取消を求める。即ち競落許可決定後でも債務者が債務の弁済をした場合は別であるが只支払猶予の話合がついたと云う理由では債務名義は依然存在し、その猶予期限に支払わない場合は更に競売をすることとなり、これは幾度も繰り返へされる虞があり且つ悪意の債務者は債権者と通謀して自由に競売を阻止できて真実の競落人はその都度取消を受け折角の希望を失いその被害も莫大である。競落人は国家の競売機関を信頼して保証金を積立て競落したに拘らずこれを容易に取消されては国家機関の信用を失墜することも大である。又本件の取消は民事訴訟法第六七二条第一号によるものであるがこの場合は「競売したる不動産が譲渡することを得ざるものなること又は競売手続の停止をなしたるときに限る」ものであることは同法第六七四条により明かで本件競落物件は右に該当しないから取消は違法である。又本件物件に対する競売の申立は支払の猶予をした債権者千速弥生の外に債権者奥小路工業株式会社からの競売申立事件と債権者株式会社広島銀行からの任意競売申立事件があるが右三つの競売申立事件は並行して進行しつつあるので本件競落が不許可となつても次々に他の競売が行はれ意味がないことになる。以上の理由により競落不許可の決定は取消さるべきものであると謂うにある。

仍て考へてみるに本件記録によると広島地方裁判所尾道支部は昭和三十年七月二日抗告人を最高価競買人として競落許可決定をなしたが、これに対し債務者より即時抗告がなされ且つ競売申立人からは債務者と話合の上支払の猶予をなした旨の申出があつた為同裁判所は同年八月三日強制執行の続行が許されないことを理由に前記決定を更正し該競落不許の決定をなしたことが明らかである。然しながら強制競売においても競落許可の決定があつた後は競売の申立を取下げられないことは判例通説の認むるところであるが、右は競落許可決定後は競落人等に重大な利害関保を生ずるから競売申立人の恣意によつてその法的地位を害せしめないためである。右と同様の理により競落許可決定後は債務者が債務を弁済した場合は格別競売申立人が債務者に対し単に該債務の支払を猶予しただけでは該競落許可決定はこれを取消し得ないものと解するのが相当である。そうでないと債務の支払を猶予してもその期限に又支払がなければ更に競売がなされ、これが繰り返へされる虞があり、その都度競落許可決定が取消されては国家機関を信頼して保証金を積立て競落の許可を受け競落人としての権利を取得している者に対し甚大なる損害を被らしめることとなりその結果が不当であるのみならず国家機関の信用を失墜することも多大である。然らば競落許可決定後の支払猶予を理由として該決定を変更し競落を許さずとした原決定は爾余の点につき判断する迄もなく違法であるからこれを取消すこととし主文のように決定した

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 佐伯欽治 松本冬樹)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例